結論
まず結論ですが、アクチュアリーとして保険数理の観点から、私は生命保険はギャンブルではないと考えています。
もちろん世の中にはさまざまな考え方があると思いますし、生命保険はギャンブルであると主張する方を全否定したりはしませんが、長年保険数理に携わり日々考えてきた者として、生命保険とギャンブルには大きな違いが2つあると考えています。
感覚や感情などに基づくものではなく、数理的な根拠をできるだけ嚙み砕いてご説明できればと考えていますので、是非最後までご覧頂ければと思います。
記事の執筆動機と目的
この記事を書こうと考えた理由は、保険のひとつの側面を見てギャンブルであると説明している記事が目についたためです。
ギャンブルには一般的に悪いイメージがあります。このため、保険はギャンブルだとしている多くの記事は、保険の加入に対し否定的なものです。
しかし、本当に保険を必要としている人がそういった情報を信じて保険に入らなかった場合どうなるでしょうか。将来病気や事故などでお金に困っても、保険がギャンブルだという記事を書いた人は救ってはくれません。
しかし一方で、この記事はとりたてて生命保険への加入を推奨することを目的とするものではありません。
あいまいな根拠や誤った情報にもとづく「保険はギャンブルだ」という主張がもしあるのなら、そういった主張によって、将来じぶんが困るような判断をしてしまうことを防ぐことを目的としています。
典型的な議論
インターネット上でいくつか記事を見てみると、保険はギャンブルだという主張に対する反論として、相互扶助などの設立の理念が異なるということや、日本の法律上では保険とギャンブルは異なるものとして定義されているというようなものが見られます。
また、保険は死亡や病気などの不幸に伴う経済的な損失を補うことを前提とした商品であるが、ギャンブルはそういった不幸や経済的な損失を前提としていないこと、またそういった理由から社会的な意義・目的が異なり公共性が高いというようなものも見られます。
これらの説明はどれも正しいと思います。
ただ残念ながら、これらの反論は保険をギャンブルだと主張する人に、「理念や目的は曖昧なもので法律などは国や宗教によって違う」などとさらに反論されているようです。
やはりこういった理念や目的、法律上の定義や宗教のようなものは人・国によって捉え方や解釈が異なり、何が正しいのかを一意に定めるのは困難でしょう。
そこで私はせっかくアクチュアリーとして保険業界で働いておりましたので、普遍的な数理的な観点から誰にでも共通な尺度でギャンブルと保険の違いを捉え直してみたいと思います。
冒頭で述べた2つの大きな違いを順を追ってご説明していきますので、是非皆さまのご見識の一助として頂ければと思います。
相違点その1
それでは保険とギャンブルの違いについて論じていきます。
ひとつめの相違点は、運営元から見て「想定外の支払が発生することがあるかどうか」です。ギャンブルの場合と保険の場合のそれぞれについて論じていきます。
ギャンブルの場合
代表的なギャンブルの例として、宝くじと競馬を考えます。ひとくくりにギャンブルと言っても、よく考えてみると宝くじと競馬では性質がかなり異なるのですが、それぞれ運営元から見た目線で考えてみましょう。
まず宝くじですが、1等は2本、2等は5本などと、販売する際にはあらかじめ当たりの本数を運営元が設定しています。
すべてのくじが売り切れない時には1等が出ず、想定を下回る支払になることはあり得ますが、運営元が設定した本数以上の当たりが出ることはあり得ません。
「今回は1等の1億円が20本も出ちゃったの!?2本しか入れてないはずなのに大赤字じゃないか!」などという想定外の支払は起こり得ないわけです。
次に競馬の場合です。競馬では、馬券の売上総額のうち一定割合は運営元が運営費などをまかなうための取り分として回収し、その残りを馬券が当たった人たちで山分けする仕組みになっています。
1着になった馬の馬券を買った人がたくさんいれば一人当たりの払戻金額は小さくなりますし、逆に1着の馬の馬券を一人しか買っていなければ大きな金額をひとりじめできるということが、オッズという数字に反映されていますね。
つまり競馬の場合も「今回は万馬券を買っていた人が1万人もいたの!?5千人くらいしか買っていないと思ったのに大赤字じゃないか!」などという想定外の支払は起こり得ないわけです。
運営元は「この馬が勝ったら万馬券」ということをあらかじめ決めているわけではなく、買った人数から逆算して赤字にならないようにオッズを決めているので、還元率以上に支払うリスクはないとも言えますね。
保険の場合
保険会社が保険を販売するにあたって保険料を決める際には、公的な統計データや過去の経験から期待値としては損をしないような金額に設定します。
しかし、死亡保険であれば死亡、入院保険であれば入院などが、保険に加入した人たちの中で将来のいつどれだけ誰に発生するかというのは保険会社がコントロールできることではありません。
うえの宝くじの例になぞらえると「今年は1億円の死亡保険金の支払いが20件も出ちゃったの!?2人しか死なないはずなのに大赤字じゃないか!」ということがあり得ます。
また、競馬の例になぞらえると「今年は1万円の入院保険金の支払いが1万件も出ちゃったの!?5千件くらいしか出ないと思っていたのに大赤字じゃないか!」ということももちろんあり得ます。
うえの例から、保険では想定外の支払が発生することがあり得るということがご理解頂けたかと思います。
これを専門用語で「保険リスク」と表現します。死亡率や入院などの発生率が想定を超えるリスクのことです。最初に定めた保険金額を支払うことは契約上の義務であり、それによって想定以上の損失が確率論的にあり得る、ということがひとつ目の数理的な観点からみたギャンブルと保険の違いということになります。
さて、余談ですが保険会社にはギャンブルの運営元にはない保険リスクがあることがわかりました。それは保険に加入する人の利益とどう関係しているのでしょうか。
それは保険の場合死亡や入院があったときに、定められた金額が必ず支払われるということです。
もし保険が宝くじのような仕組みだったら、将来支払われる死亡保険金の総額の上限があらかじめ決まっており、上限に達した時点でそれ以上は支払われないことになってしまいます。また、保険が競馬のような仕組みだったら、これも総額があらかじめ決まっているため、死亡者が増えるとそのぶんひとりあたりの死亡保険金が減ってしまいます。
保険会社が保険リスクを負うことで、死亡や入院などがあったときに契約時に決めた金額が過不足なく払われるという仕組みが、ギャンブルと決定的に違う点だとご理解頂けたでしょうか。
これがアクチュアリーとして、保険がギャンブルではないと考えるひとつ目の理由です。
相違点その2
ふたつめの相違点は、「集めたお金を運用して増やすことを約束しているかどうか」です。こちらもギャンブルの場合と保険の場合のそれぞれについて論じていきます。
ギャンブルの場合
相違点その1と同様に宝くじや競馬の例で考えてみます。
まず宝くじの場合ですが、宝くじを購入できるのは当選発表日から数えておよそ1ヶ月くらい前だとしましょう。宝くじの運営元は1ヶ月の集めたお金をどうしているのでしょうか。
現金で保管しているかもしれませんし、銀行に預けて利息収入を得ているかもしれません。しかしそれは宝くじを購入した人にとって関係のないことですし興味もないことです。
なぜなら宝くじの運営元は、集めたお金を運用して増やすことを約束していないからです。これはつまり当選金として払われるお金は、元をたどるとすべて宝くじを購入した人のお金だったということを意味しています。
一方で競馬はいかがでしょうか。競馬は数日前から馬券を購入できる場合もあるようですが、基本的にはレースの直前に当日のサラブレッドの様子などを見て購入する人が多いようです。
つまり競馬の場合、お金を集めてから払い戻されるまでに時間がほとんどありません。この間に集めたお金を運用することは難しいですし、もちろん馬券を購入した人に運用によってお金を増やすことは約束されていません。
競馬の場合も払い戻される配当金は、元をたどれば同じレースの馬券を買った誰かのお金であり、運営元が増やして補填している部分はまったくないということがわかります。
保険の場合
保険会社が保険を販売するにあたって保険料を決める際には、運用によってお金を増やすことを前提に保険料を設定します。
これはつまり将来の保険金の支払は、契約者から集めたお金だけでは足りないということを意味しています。
支払われる保険金の一部はもともと契約者が支払った保険料です。しかしそれがすべてではなく、保険会社は、集めた保険料を運用して増やしたお金からで保険金の一部を賄うことが契約上義務付けられています。
つまり保険会社は集めたお金を運用して増やすことを約束しています。この約束した運用利回りを専門用語で予定利率と言います。
保険契約は宝くじや競馬などのギャンブルと異なり、お金を集めてから支払うまでの期間が数年間や場合によっては数十年間に及びます。その間の運用利回りを約束し守り続けるということは実はとても難しいことです。
これを専門用語で「予定利率リスク」と表現します。実際の運用利回りが予定利率を下回ってしまうリスクのことです。運用は契約上義務であり、資産運用による想定以上の損失が確率論的にあり得る、ということがふたつ目の数理的な観点からみた、ギャンブルと保険の違いということになります。
さて余談ですが、保険会社にはギャンブルの運営元にはない予定利率リスクがあることがわかりました。それは保険に加入する人の利益とどう関係しているのでしょうか。
これはひとつ目の「保険リスク」の場合よりもわかりやすいかと思いますが、運用で増やすことを約束した分だけ保険料が安くなるということです。ギャンブルで集めたお金を運営元が運用して増やすので賭ける金額はその分少なくて良い、なんてことはあり得ませんね。
これがアクチュアリーとして、保険がギャンブルではないと考えるふたつ目の理由です。
まとめ
本記事では「保険ってギャンブルなの?」と題してアクチュアリーの立場から保険がギャンブルとは異なるという理由として以下の2つの視点を示しました。
- 保険リスク:想定外の支払が発生することがあるかどうか
ギャンブルでは発生しないが、保険では発生することがある。 - 予定利率リスク:集めたお金を運用して増やすことを約束しているかどうか
ギャンブルでは約束していないが、保険では約束している。
ギャンブルは、参加者が少なくなり固定費が賄えなくなること以外は事業リスクはありません。これは適正な規模を維持していれば、運営元は負けることがないことを意味しています。つまり、長い目で見ると参加者は損をし続けるということです。
一方で保険会社は、契約者が少なくなり固定費が賄えなくなるという事業リスクを当然有していますが、その他にも保険リスクや予定利率リスクといった様々なリスクを有しています。これは適正な規模を維持していても、保険会社が負けることがあることを意味しています。つまり、長い目で見ると契約者が得をすることもあるということです。
最後に繰り返しになりますが、保険はギャンブルだという主張を信じても、その主張をした人はあなたを救ってはくれません。
無責任な人の言葉を信じて一時的な節約に勤しむのではなく、その保険がじぶんにとって本当に必要なのかということをしっかり考えることをお勧め致します。
その他の保険に関する読み物として以下のような記事もありますので、もしお時間がありましたら読んでみて頂けると嬉しいです。
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