予定事業費とは?
まず前提として、保険料は3つの要素があれば計算できます。予定死亡率と予定利率と予定事業費率です。医療保険などの入院、手術などを保障する保険は予定入院率や予定手術率などを使用しますが、これらは予定発生率と呼ばれ、予定死亡率の仲間として解釈されます。
今回取り扱うのはこのうち予定事業費率です。予定事業費率を理解するためには、まず予定事業費について理解する必要があります。このため予定事業費の説明を先にしましょう。
予定事業費とは保険会社が運営していくうえで将来必要になると考えられる経費の金額です。保険会社は過去の実績や今後の事業計画などから、毎年どういった経費がいくらくらいかかるのかを見積もって保険料の計算に織り込みます。
このため、この部分は企業努力で安くできる部分で、同じ保障でも保険料に差が出るのはこの部分の差によるところが大きいと言われています。
つまり後悔しない保険選びをするためにはこの部分を理解しておくこともとても重要です。
予定事業費率とは?
さて、予定事業費は会社の経費だとわかりましたが、保険料の計算に使用するのはこれを単位当たりの数字にした予定事業費率と呼ばれるものです。
ここで「単位当たり」とはなにかというと「保険金額100万円あたり」、「保険料1万円あたり」などのことで、保険の要素の何に比例する経費なのかということです。
例えば保険金額が100万円の契約者が10人、保険金額が200万円の契約者が20人いる保険会社の事業費が100万円だった場合で、事業費がすべて保険金額に比例すると考えます。
保険金額の合計は100万円 × 10人 + 200万円 × 20人で5,000万円ですね。ですので、保険金額100万円あたりの事業費を計算するためには、事業費の100万円を50で割れば良いことになります。
つまり保険金額100万円あたり事業費が2万円かかったということになります。
そうしますと次に2,000万円の保険に入りたいという人が現れた場合、その人に負担して頂く事業費はいくらになりますでしょうか?
保険金額に比例するように計算しますので、2,000万円 ÷ 100万円 × 2万円ですので40万円になります。
この40万円という金額は公平と言えるでしょうか?
保険金額が100万円の人には2万円の予定事業費、保険金額が2,000万円の人には保険金額が20倍だから40万円というのは一見合理的に見えます。しかし実はそんなことは全くありません。
実際にかかる事業費は保険金額に必ず比例するわけではないからです。
このため、予定事業費から予定事業費率を計算するためには、まず経費が発生する理由ごとに何に比例していると考えるべきかを分析する必要があります。これを事業費分析と言います。
またうえの話とは別の話として、保険料を計算するためには経費が発生するタイミングも重要です。この点についても事業費分析によって経費が発生する理由がわかれば自然とわかってきます。
3つの予定事業費率
では具体的には保険会社の経費とはいったいどういったものがあり、それが何に比例していて、いつ発生するのでしょうか。
アクチュアリー試験の指定テキストでも述べられているとおり、保険会社の代表的な経費は新契約費と集金費、そして維持費です。
このそれぞれについてまずは考えてみましょう。
予定新契約費率:最初だけかかる保険金額比例の予定事業費
まず1つ目は新契約の獲得のためにかかるコストである新契約費です。アクチュアリー試験の指定テキストでも述べられていますが、新契約費は多くの会社にとって最も多く発生する事業費です。
新契約と聞くとCMなどの広告宣伝費を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、それだけではありません。
保険は特殊な商品で、自発的に加入したいという人にはあまり加入して欲しくありません。自発的に加入したい人は健康不安があって保険金をもらえる可能性が高いと思っている場合があります。これを専門用語で逆選択と言います。
そのため通常は、保険に加入したいとは思っていないけど実は保険が必要な人に対してニーズの喚起を行い、保険が必要であるということを認識してもらうところからスタートになります。
そして保険の必要性を認識してもらった後、商品の内容の説明に移るわけですが、これも普通の商品を販売するのとはまったく異なります。
そもそも保険に加入しようと思っていなかった人なわけですから保険の商品に詳しいわけがありません。さらに保険は複雑で契約期間が長期に及びますから、契約内容をしっかり理解してもらわないと後でトラブルになってしまいます。
ですので、この募集プロセスというのは監督当局である金融庁も目を光らせており、何か問題があると保険会社が責任を負うことになります。
このため、保険の募集人の方の責任は重大です。万が一にも誤解のないよう商品の内容をしっかり説明し、顧客本位の商品を提案し納得してもらう義務があります。
このためこういった役割を担っている代理店や保険募集人に対する手数料というものは必然的に大きくなります。
さて前置きが長くなりましたが、こういった募集手数料や代理店手数料、広告宣伝費などのコストを新契約費と呼びます。
一般的には新契約費は保険金額に比例する事業費とすることが多いです。
保険金額が高額になればなるほど募集が大変になるのかというとそうでもないかもしれません。しかし募集手数料は一種の報酬の意味合いもありますので、高額の保険金額にはそれに比例した手数料が支払われることとしてもそれほど違和感はないかもしれません。
また新契約費の発生するタイミングは基本的には契約時点の一度きりです。これも手数料を何年かにわけて支払うなど実際の発生のタイミングは数年間に及ぶ場合もありますが、保険料計算上は最初に1度だけ発生するとして計算するのが普通でしょう。
さて最後に予定新契約費率ですが、これまでのご説明からわかるとおり1件契約が成約されたときにかかったコストが平均で保険金額の何%かを表した数字ということになります。
例えば過去に実績として保険金額が100万円の保険を販売したときのコストとして、募集手数料が3万円、パンフレットや約款等の書類が1万円、査定コストやシステム登録のための人件費などその他の経緯費が1万円かかったとします。つまり実績の新契約費は合計で5万円です。
この1件新契約が成約したときにかかるコストが、将来の新契約の成約時にも同じようにかかると考えると、保険金額比例の予定新契約費率は100万円に対する5万円で5%ということになります。
つまり保険金額が100万円の場合、その5%の5万円が最初に発生する「予定」で保険料が計算されているということになります。
なお、この予定新契約費率は解約控除の計算でも使用されます。解約控除の計算にどのように使われれるかについては、いくつかの記事で解説していますが、例えば以下の記事をご参照ください。
予定集金費率:保険料払込期間中、毎年発生する保険料比例の予定事業費
2つ目は保険料を集めるためにかかるコストである集金費です。
歴史的には保険料の集金は集金人が各家を回って行っており、人件費などのコストがかかっていました。いまは初回保険料以外は銀行振込やカード払いになっていることが多く、集金人が集めるほどはコストはかかっていませんが、振込手数料などのコストは発生しています。
また、このコストは保険料計算上も保険料払込期間中にしか発生しない前提で計算されるということにも特徴があります。
集金費は保険料に関係したコストであるため、保険料に比例する事業費とすることが多く、発生するのは毎年の保険料を集めるタイミングで年始または月始とします。
例えば保険料が毎年1万円の保険を販売したときに、集金費として振込手数料が毎年300円かかったとします。
この集金にかかるコストが将来も同じようにかかると考えると、保険料比例の予定集金費率は1万円に対する300円で3%ということになります。
これはつまり、保険料が1万円であればその3%の300円が保険料払込期間中に発生するという「予定」で、保険料が計算されていることになります。
予定維持費率:毎年発生する保険金額比例の予定事業費
次に3つ目は契約の保全や管理をするためのコストである維持費です。
維持費は多岐にわたります。新契約と関係ない仕事をしている従業員の給与や本社ビルの建設費や営業所の入っている建物の家賃、顧客管理システムや決算システムなどさまざまなシステムの開発費などが含まれます。
維持費は新契約費と同様に保険金額に比例する事業費とすることが多く、毎年契約が続く限り発生するものとして計算します。なお、保険料の払込が終わると毎年の維持管理コストが減ると考えて、保険料の払込後は予定維持費率は低くすることが一般的です。
例えば保険金額が100万円の保険を1件維持するのに、保険料払込前後で諸々の経費がそれぞれ毎年2万円、1万円だった場合、予定維持費率はそれぞれ2%と1%になります。
これはつまり、保険金額が100万円で予定維持費率が保険料払込中は2%で保険料払込後は1%であった場合、保険料払込中は毎年2万円、払込後は毎年1万円かかる「予定」として保険料が計算されているということになります。
その他の予定事業費率
代表的な予定事業費率は上記のとおり予定新契約費率と予定集金費率、そして予定維持費率でしたが、事業費の多様化に伴い様々な考え方が出てきています。
ここではうえの3つ以外の考え方として、件数比例の予定事業費と支払保険金比例の事業費について考えてみます。
毎年かかる件数比例の予定事業費
うえの説明をお読みになって、保険以外の業種で事業費の分析などをされた経験のある方は、違和感を覚えられたかもしれません。
それは保険会社の事業費の分類が一般的なユニットコストの考え方と異なるためです。ユニットコストとは1件にかかるコストのことで、生産にかかったコストや販売にかかったコストを生産した件数や販売した件数で割ることで、1件あたりの効率を測定しようというものです。
保険会社は歴史的に件数よりも保険料や保険金額を重視していたため、こういった一般的な考え方とは異なる尺度で予定事業費の体系が構築されていますが、近年はやはりユニットコストのように件数に比例するような経費もあるということで、予定事業費の体系も徐々に見直されつつあります。
例えば、契約者の情報をシステム登録する仕事は保険金額や保険料によって作業時間が大きく変わるということはないでしょう。ドクターへの電話相談ができるようなアフターサービスなども保険金額や保険金が大きい人ほどたくさん利用するということもないでしょう。
こういった必ずしも保険金額や保険料に比例しない事業費というのは、どこの会社にもそれなりあると考えられます。
そういった経費を公平に保険料に反映するために、件数比例の予定事業費を設定している会社もあります。
この場合、例えば1件あたりの維持費が年間2,000円の「予定」なのであれば、2,000円が件数比例の予定事業費として保険料に含まれていることになります。
毎年かかる予定支払保険金比例の予定事業費
また、他にも予定支払保険金額比例の予定事業費を設定する場合もあります。
これは保険金の支払に関係する事務コストや支払査定コストなどを考えるとわかりやすいです。保険金額の支払が大きければ支払事由に該当しているかをしっかりチェックする必要があります。このため、支払う保険金の金額に比例してコストがかかると考えることもできるでしょう。
こういった経費は保険金額や保険金よりも、将来の保険金支払の予想額に基づいて予定事業費を設定する方が合理的と言えるかもしれません。
例えば、毎年100万円の保険金の支払いが予想されており、保険金の支払いにかかるコストが平均1万円だとすると、予定支払保険金の事業費率は1%ということになります。
高額割引
さて最後に予定事業費率に関係していて無視できないものとして高額割引があります。高額割引とは保険金額が一定金額を超えると保険料が割り引かれる仕組みです。
うえで説明したとおり、会社によっては件数比例の事業費を設定している会社もあります。しかし従来の保険金額や保険料に比例した予定事業費率の体系となっている会社は、高額の保険金や保険料の契約者から事業費を多く取りすぎてしまっているという可能性があります。
この部分を調整する考え方が高額割引です。
保険会社は高額割引を適用することで、比例的に集めてしまった比例的にかからないコストの分を調整し、より公平性の高い保険料とすることを目指しています。
ちょっと注意したいのは一般的な商品でよくあるような、例えば魚屋のおじさんが「10匹買ってくれたから1匹サービスするよ」というような、たくさん買ったので割り引いてあげるという思想のものとは成り立ちがやや異なるということです。
保険の高額割引もたくさん保険料を払ってくれたから、という意味合いも多少はあるかもしれませんが、基本的には取りすぎている保険料の調整のため、高額割引があるからといってそれだけでおトクというわけではないということです。
まとめ
本記事では「保険料に含まれる予定事業費ってなに?」と題して保険料のうち付加保険料の計算や解約控除の前提となる予定事業費率について解説しました。
保険料や解約返戻金の構成要素に詳しくなることで、保険を選ぶときの心がまえも変わってくると思います。
予備知識があるかないかによって保険について話すときの安心感も変わってくるでしょう。
是非本記事の内容をご自身の納得した保険選びに役立てて頂けますと幸いです。
【参考文献】
アクチュアリー試験、1次試験指定テキスト:二見隆著、生命保険数学<上巻>及び<下巻>
アクチュアリー試験、2次試験指定テキスト:保険1(生命保険)及び保険2(生命保険)
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